「”通う”のではなく、”暮らす”」日南市で全国の大学生向けに、学校を始めた学長の宮崎愛とは?

はじめに

どうも、台風明けの沖縄からお送りしています!沖縄ライターの安部です!

さて、

今回は、宮崎県日南市のヤッチャの学校学長、杉本さんに取材を致しました。

宮崎愛があふれている彼が、新型コロナウイルスの状況を見て、大学生向けに、あるアクションを起こしました。

なぜそこまで宮崎が好きなのか?全国の大学生に伝えたい事とは?

ぜひ、ご覧ください!

プロフィール

名前:杉本恭佑

あだ名:きょーちゃん

出身大学:宮崎大学工学部

ヤッチャの学校:学長

宮崎に惚れる

編入試験に落ち、宮崎に

宮崎愛があふれる杉本さん、宮崎との出会いは意外なきっかけでした。

「実は、大学編入試験に落ちて、割と消去法的に宮崎に来たんですよね」

杉本さんは、熊本の高専に通っており5年生になった時、滑り止めもなく、他の国立大学も申し込まない状況で、九州工業大学を受験します。

杉本さん曰く、「高専からの編入は通常入学よりチャンスが多くて、日程がずれていればいくつも受けられます。そして大学によっては試験が面接だけだったりするので、普通受験よりハードルが下がるんです。」

しかし、編入試験は不合格

これはやべぇ!

と思い、急いで他の国立大学を調べることになります。

そして、調べた中に宮崎大学があり、編入試験を受け宮崎に来ることになりました。

繋がる大学生活

杉本さんは、情報工学部として、編入試験を合格し宮崎大学にやってきます。

編入当初は、全然友達もいなく大学生活厳しいかな?と思っていました。

ところが、たまたま誘われた地域活性のボランティアに参加したことを転機に、大学生の友達から、大人の人たちまでたくさんの関りを持つことになります。

特に、宮崎の中心市街地で行われる街市で出会った先輩達や大人の方々が、とても素敵でした。

その反面、大学ではデータ解析を研究していたので、パソコンの画面と向きあう日々を過ごします。

「やっぱり、画面を向き合うよりか人と向き合ってイベントをしたり、活動する方が好きだな」と思います。

最終的に、大学院まで進学しますが、地域での活動に力を入れすぎ、卒業論文が通らなくなりました。

そして、大学院を中退し、仕事をするために東京に行くことになります。

かっこいい宮崎の大人の背中に

杉本さんは、当時を振り返り「宮崎にこなかったら、人生変わってたと思ったんでマジで宮崎に来て良かった」と語ります。

特に、大学時代に出会った、宮崎の素敵な大人たちと出会い、「僕もそういう大人になりたい!」と思います。

その大人たちは、自分が好きな仕事をしている人が多かったり、宮崎が好きだった人が多かったり、本当に楽しそうに働いている人たちでした。

(過去HiDANEで取材した田鹿 倫基さんや、村岡浩司さんもその一人です。)

当時の杉本さんは、 仕事に対して楽しいというイメージは持っていませんでしたが、宮崎の大人たちがそのイメージを変えてくれました

そして、そういう大人と出会っていく中で、自分のやりたいことや、自分がどう生きていきたいかを見直す機会がたくさんがありました。

「当時の僕にかっこいい背中を見せてくれて、僕の考え方と意識とか変えてくれた宮崎の人達みたいになりたいというのは、僕の人生の目標にあるんです。」

と語ってくださいました。

20代のうちに宮崎に帰るんだ!

東京で八百屋さんを切り盛り

杉本さんは、大学院を中退し、ある会社に勤めます。

その会社は、同級生が作った会社で、宮崎県産の野菜を売る八百屋の立ち上げと、新サービス立ち上げを東京で行う、東京支部の立ち上げメンバーを募集していました。

「宮崎に関わる仕事をしたい!そして、20代のうちに宮崎に帰る!」

そう考えていた杉本さんは、そのまま宮崎県に残るか、県外に出るかで葛藤がありましたが、その企業であれば「東京に居ながら宮崎に関われる!」と思い、入社を決意します。

杉本さんは、その企業で2年10カ月ほど勤めます。

また、副業として宮崎県日南市に20代を30人程連れてくるツアーを企画したり、イベントをしたりしていました。

そして、会社が3年目になる頃に「この組織での自分の成長は止まってきたかな…」と感じ、そろそろ27歳になるということろで、「次のステップに進みたい!

そう思い、次の就職先も決まっていない状況で、社長に「半年後に会社を辞めます」と伝えました。

もともと、20代のうちに宮崎に帰る事を決めていたこともあり、東京で転職をして1年くらい働いた後、宮崎に戻る計画をぼんやりと考えていました。

そうすると、宮崎県のある市から「地域や商店街の活性化をしないか」と声がかかります

日南市からヘッドハンティングを受ける

杉本さんに声をかけたのは、なんと宮崎県日南市でした。

宮崎県の日南市は、地域おこし協力隊を募集する時にヘッドハンティング型を採用しており、地域おこし協力隊として、杉本さんをヘッドハンティングしました。

ヘッドハンティングされた理由については、「大学時代にお世話になっていた、日南市のことをやられている田鹿さんをはじめとした方々と、繋がっていた事と、

東京から宮崎県日南市へのツアーを企画したり、イベントをたくさんしたりした経験を買われたと思う。

あと、僕が宮崎愛があることを日南の方々が知っていてくださったこともあります。社会人になってからも、日南の方々にはお世話になっていました。」と分析しています。

そして、杉本さんの「20代のうちに宮崎に戻る」という目標は、ヘッドハンティングという形で達成され、同年の1月から地域おこし協力隊として、油津応援団のコミュニティーマネージャーに就任しました。

日南市でたくさんのイベントをする

杉本さんは、日南市に来てから地域活性化のためのイベントをたくさん行います。

去年だけで大小を合わせると、40回ほどイベントを行い、多い日には1日に3本イベントを開催していました。

実は、大小合わせたイベントをたくさん行う事にはある狙いがありました。

それは、自分でなにかをするプレーヤーを増やすという事です。

杉本さんは、イベントをたくさんやることは、地域活性になると全然思っていなくて、

小さいイベントをたくさんやることで、そのイベントに参加してくれた人の誰かが、何かをやりたい時にサポート側に回れる。そのきっかけを作るためにイベントをたくさんしたと話します。

そして、「地域活性化は目的ではなくて、僕の周りの人たちが、自分が好きな事を形にしているときが、多分その人が一番魅力的な瞬間だと思う

それに、そのサポートや魅力的な瞬間を作るために僕は動いてるし、その結果が地域のためになればいい。」と熱く話してくださいました。

イベント以外にも、無人古本書店を開業したり、ローカルメディアを運営したり、ゲストハウスを運営しています。

そして、この新型コロナウイルスの状況を見て、全国の大学生向けに、あるプログラムをスタートさせました。

「通うのではなく、暮らす」ヤッチャの学校

ヤッチャの学校とは?

新型コロナウイルスの状況下では、地域に”通う”ことは難しくなりました。しかし、”暮らす”ことについては、何も我慢することはありません。

そこから考え付いたのが、地域に「通うのではなくて、暮らす」をテーマにしているヤッチャの学校という全国の大学生向けの半年間のプログラムです。

このプログラムは、コロナの状況の中で一番窮屈な生活を強いられていると、杉本さんが考え、全国の大学生を対象にしています。

大学の講義がフルリモートになり、大学の講義の中で知識を得る事は出来るが、講義外で得ていた経験が得られなくなっている状況を見て、ヤッチャの学校はスタートしました。

具体的なプログラム内容は、全員参加と自由参加に分かれており、全員参加では交流会や月2回の講演。自由参加では、日南市の企業へインターンシップなどがあります。(具体的にはHPからどうぞ!)

全員参加と自由参加にわかれている理由は、「好きなこととか、興味があることっていうのやってほしい!」と杉本さんは考えており、出来る限り自由な時間を多くしているそう。

僕たちはこのプログラムで”道”を提供しているのじゃなくて”場”を提供してます。その先の道は自分で見つけていく、その中で道の作り方や、進め方などのサポートはしていく。そういうプログラムです。

ヤッチャの学校で大切にしている2つのコト

ヤッチャの学校では、大切にしていることが2つあります。

それは、「鮮やかな状態になるきっかけを作る」と「主体的に動けるような成長を促す」ということです。

鮮やかには、「生き方がより鮮明になって明確になってほしい!」という想いと、地域の人と関わっていくという、今までに経験してこなかった色を「吸収して鮮やかな人生になってほしい!」という想いが込められています。

もう一つの主体性は、自由参加のコンテンツや地域での活動を通して、「自分で興味があることに、自分で参加して自分で動く」というプロセスを踏んで欲しい!という想いが込められています。

そして、「誰かに与えられるものではなく、自分で主体的に動けるような成長をしてほしい!」と考えています。

全国の大学生に向けて、メッセージ

「あまり今まで主体的に動けなかったっていう人が、活動的な人たちと一緒に生活していく中で、すごく刺激を受けて自主的に成長していくと思うんですよね。

僕たちは、そこに知識ではなくて経験と挑戦する場所を提供していきます。

そして、自分が興味がある事、好きな事、挑戦したい事がわかって、活動していきたい!と思ったら、全力でサポートしていきます

なんで、自分から動けるような人も来て欲しいんですけど、これからどうしたらいいかわかんないみたいな人、くすぶっている人もぜひ来て欲しいです!」

ヤッチャの学校HPはこちら

現在二次募集中です! 9/11迄(※予定定員確定次第終了)

やりたいこと

自分の今の生き方で生きていく

ヤッチャの学校を始めとして、様々な活動を続けている杉本さんに、「今度のやりたいこと」について伺うと、意外な答えが返ってきました。

僕が今後やっていきたいこととか、人生をかけてやりたい事は特にない。ただ、その時々でやりたいことや好きな事はある。」

「そして、やりたいことを、好きな事を好きな人たちと一緒に創って、それが誰かに喜んでもらえて、また作る、そして友達がやりたいことがあるときには手伝う。それで稼いでいければ嬉しい

そういうような

自分の今の生き方で生きていきたい!

求めていること

ヤッチャの学校に参加してほしい!

そして、

周りの友達に拡散してほしい!

「本当に、このヤッチャの学校は今必要なプログラムだと思いますし、参加者には絶対に後悔させないくらい良いプログラムなので、拡散のご協力何卒宜しくお願い致します!」(ヤッチャの学校学長:杉本恭佑)

最後に

杉本さんのHiDANEはいかがだったでしょうか?

ライター安部自身、大学に通っており、2020年の半年はとっっても寂しい日々を送りました。

そして何より、外出が難しいため、今まで外部で得ていた経験もとっても少なくなりました。

そんな中で、ヤッチャの学校というプログラム求められている。

と、確信します。全国の大学生に届け~~!!!!

HiDANE公式TwitterInstagramなどでもメッセージを受け付けております!

そして全国にHiDANEを広げてくれるライターも募集中です!お問い合わせメール、SNSのDMにて受け付けておりますので、是非ご連絡ください!

また、HiDANE BARという、やりたいことの達成の必要な仲間や情報をオフラインでも集められるよう去年の10月にオープンした、学生が経営するBarが宮崎県にあります!

(9月から営業開始)

その他、シェアもいいね!も大歓迎です。

ではまた次回のHiDANEでお会いしましょう!

この記事を読んだ方におススメの記事

地域活性化を目指し宮崎、延岡の魅力を発信する高校生の挑戦。

「地方にも東京以上の魅力がある」そんな地域を元気にしたい!社会人の想い

この記事をシェアする
投稿者: 安部 弘祐
投稿一覧

HiDANE沖縄代表兼ライター

1999年生まれ/宮崎県延岡市出身/琉球大学工学部工学科電子情報通信コース3年生/メディアアートの勉強方法を模索中の大学生/HiDANEではオンラインイベントと、沖縄ライター/SNSでのDMおまちしてます!/Twitter→@abe_hidane/

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。